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安倍政権

そろそろしっかりした検証をする時期ではないだろうか。

しっかりと検証すべき課題が二つあると思っている。

一つは安倍政権の評価。

もう一つは、まだ過程ではあるが、新型コロナにおける対応。

 

まず安倍政権。

批判噴出しながらも長く続いた。

私は、よくやった方だよな、と思う。

トランプ政権に振り回されつつつつ、身内の不祥事に悩まされもした。

コロナ過でも行動し続けた。

自らも、周りも、膿を垂れ流しつつも、出し切ろうとせず、汚し汚されながらも、褒められる政策もあった。

政治の世界に白いものはない。

真っ黒なものも時にあるが、それはさすがに潰される。

あとはただ、果てしなく灰色が続いている世界だと思う。

アベノミクス、官邸支配、消費増税法人減税、ろくでもないがよくやった。

公文書改ざん、不正の疑惑の数々、よくこれであれだけ続いたものだ。

公正明大とは、程遠い。

しかし、ふがいない野党に助けられての長期政権。

私は、国民が反省すべきだと思う。

こんな政権は長く続けさせてはいけなかった。

内政、外交は比較的評価できると思う。その良い面だけは継承しつつ、丁寧に説明し、真摯に国民の側に立つ政治家に、もっと早くに交代してほしかった。

安倍さんの急な退陣により、菅総理を柱とした、何も継承できず、判断も実行もできない政権に移行してしまった。

 

もう一つ、新型コロナにかかわる対策について。

そろそろ見えてきたのではないだろうか。

まだ途中ではあるが、これだけの悲惨な現状をもたらした、原因をそろそろ追究してもよいのではないだろうか。

問題は、当初、皆で日常生活を制限し、我慢すれば元の生活が戻ってくると国民に信じ込ませたことにあると思う。

2年間、我慢を重ね、いまだ悪化している。

確かに政治はふがいなかった。

しかし、すべてを政治に責任を負わせるのはさすがに酷だと思う。

そもそも、日本の感染状況は、どれほど憂慮すべきものなのか?

客観的なデータによって、検証すべき時期は来ていると思う。

私は、批判されるべきは、医療の専門家とメディアだと思っている。

まだ、はっきりしたことは言えない。

しかし、全国8割を占める民間病院が、どれほどひっ迫し、困窮したか、とても疑問なのである。

私の知っている病院は、発熱患者を極力受け入れなかった。

そして、補助金だけはしっかり持っていった。

こういう状況を後押ししたのは、医師会という、なんとも掴めない団体のような気がするのは私だけだろうか。

不安をあおり、今の状況にリードしていったのは、間違いなくメディアである。

タレント化した医師などは、連日テレビなどへ露出して、それなりの報酬を得ていた者も多くいそうではないか。

ここぞとばかりに声を上げ、目立っていたタレントMCのせいで、人生が積んでしまった人も少なくない気がするのだが。

どれだけ正しかったのか、本当にそれでよかったのか、誰が冷静に判断してくれるのか、とにかくこれを待ちたい。

もし、誰かが間違っていたのなら、責任を取ってもらわなければいけない。

知らなかった、わからなかった、では通らないというのは、社会の常識なのだから。

現政権の命運

もう、現政権の命運も尽きかけているかもしれない。
新型コロナの感染を食い止めることができぬまま、パラオリを強行開催。
無事終わらせることができたとしても、不信は収まらないだろう。
東京五輪開催は、たとえ成功したとしても、大きな遺恨を残すことになるだろう。
そこには、一部の関係者の利権を守る。それだけの意味しかなくなっている。
我々国民は、コロナ感染拡大阻止のために、不自由な生活を強いられている。
何度でも言う、全体主義を貫いて国難を乗り越えよう、という偏った方針だ。
それが、五輪開催に関してだけは、この我慢を例外にしましょう、という考えにしか取れない。
国民生活よりもオリンピックを優先しますという政治に誰がついていくだろう。
決定権はIOC七日、東京都なのかよくわからないが、関係者は一応足並みをそろえて開催する方向のようだ。
誰のの都合でそうなったのであろうか。
実際、もうどうでもいい。
世論も、反対するにしても真剣さを感じられない。
愚痴のような意見を書き込んでもどうにもならない、人のいい日本国民は、何もわかっていない。。
スポンサー企業の不買運動でも大々的に呼びかければいいのに。
資本主義国に住んでいるのだから。

とにかく、五輪開催、もしかしたらギリギリでの中止決定。
を過ぎてから、衆院選挙。
この選挙の先行きが、今の段階ではいまいち読めない。
菅総理で選挙を戦えるとは思えない。
誰に挿げ替えるのか?
自民が議席を減らすのは間違いないとしても、どこがその席を占めるのか。
いかに野党が結束しても、自民党を倒すのは難しいかもしれない。
下手にぎりぎりで政権交代しても、混乱をもたらすだけなので、それは良いのかもしれないが、なんとも希望のない話である。。
本来、政策に大きな隔たりのある野党各党である。
立憲と共産党が共闘するだって?
自衛隊、天皇制、どう歩み寄るつもりなのだろう。
そんなものは棚上げしておいて、衆院選で自民に対抗するためだけに手を組むのか?
もう、野党皆さん解党してくれ。

ポスト菅…
もともと、菅総理は、器ではないと思う。
もはやあの人には、継承してもらうレガシーもない。
誰が、リーダーシップをとって、政権を築いてくれるのか。
誰もいない気がするのは私だけだろうか。
もう、コロナや五輪を気にかける時期は過ぎている。
コロナは、しばらくは国民を苦しめながらも、ワクチンの浸透により穏やかに終息を見せるだろう。
五輪はやってもやらずとも、つまらない結果となる。
先を見据える目を、国民一人一人は、今こそ持つ心掛けが必要ではないだろうか。

コロナワクチン

急に世の中が動き出した気がします。
新型コロナワクチン接種が世界の先進国で開始されました。
正確な有用性安全性についての結果が出るのはまだ先でしょうが、どうやら効果が期待でき、これがゲームチェンジャーとなりそうな予想です。
アメリカの大統領の交代も何とか無事に進み、日本では菅政権も忙殺のなかで、どうにか舵取りを進めている。
タイミングを同じくして、自民党内から、菅総理のまさに身内から、スキャンダルが噴出し、ごたごたと見苦しい様をさらす。
なるほど、いつもの政界の日常に戻りつつあるのかもしれないという気がしています。
しかし、面白いものです。
なぜ、公人として、公共の場で、言うてはいけないことを平然と言い、まずいとわかっている行動を我関せずとばかりに行うのでしょう。
東京オリンピックを統括する人物が、まさかの差別発言。
国民に我慢を強いらせている国会議員が、夜の会食。
緊張感も使命感もない。
想像力も危機管理能力もない。
単純に頭が悪いんだろうなあ、としか思えない。
こういう、バカが先生と呼ばれている世の中で、私たち国民こそ、しっかりしなければいけないのです。

衆愚政治という言葉があります。
我々有権者が愚かであるせいで、正しい議論や判断が阻害され、政治が間違った方向に進んでしまうというものです。
これも差別的な言葉のかもしれない、しかし確かに有権者の多くは、政治的には未熟な考え方をしがちです。
そこを上手に利用し、うまく立ち回り、代議者となる者は多い。
見せかけだけの大義を語り、詭弁によって人心を誘導し、自分の周りが有利な方に物事を勧めようとする政治家やその取り巻きは相当に多い。
そのうちの一部は、油断してしくじり、こうして表面化して袋叩きにあう。
近年、珍しいことではない。

果たして、先を見通した、真に大義ある意思決定など、誰ができるのでしょうか。
私たちは冷静にならなければいけません。
総理大臣の息子が公務員に対して不正な接待を行ったなら、親である菅さんは責任を問われるのか?
迷惑をかけたお詫びに辞任するべきなのか?
本総理で自民党の重鎮である森さんが女性蔑視発言をしたから、自民党は差別主義者の集まりなのか?
バカ息子やバカ老人は当然責任を取らなければいけないでしょう。
しかし、それだけのことです。
当事者は罰せられ、退場していただく。
これを、無理して政治問題とするべく世論をミスリードしようとしている輩がいないだろうか。
日本の将来を真剣に考えて、人を選び、より正しい政策を支持しなくてはいけません。

民主主義はどうしても衆愚政治となる危険性をはらんでいます。
コロナ過という、近年の状況の中で、日本だけでなく、欧米を中心として、世界の民主主義国家のシステムがその欠点を次々とさらしている気がするのです。
今後、アフターコロナという新たなステージの中で、さらなる混乱が生まれ、間違った意思決定を続けることがないことを願います。
私たちは、常に学び、俯瞰し、考えなければいけないのです。
主権は国民にあります。
ならば、その責任も背負っているのであり、それを果たす義務もあるのである。
今後私たちは、バカな扇動者をしっかりと見極め、速やかに退ける必要があると考えるのです。

日米同盟

アメリカの指導者は変わりました。
日本は付き合い方をどうすべきなのでしょう。

私はとりあえずは保守派です。
しかし、現政権を全面支持するわけではなく、日本にリベラルなど存在しないに等しく、与党以外に頼るべき政党が見当たらないから仕方なく保守支持なのです。
国民は、与党の方針、野党の言い分、と、乱暴にひとくくりにして考えるべきではないと思います。
与党の政策を細かく見れば、納得できるもの、受け入れがたいもの、分かれています。
野党の意見も同様。
私が政権の方針で納得できないものの一つが日米同盟をあまりにも尊重した外交です。

日米同盟は冷戦に対抗するために結ばれたものです。
敗戦によりあまりにも無力であった日本は、アメリカに寄り添い、守ってもらうしか生きる道はなかった。
その後、世界は変貌しました。
ソ連は崩壊し、社会主義勢力は、昔のような脅威ではなくなっているのです。
もちろん危機がなくなったわけではありません。
しかし、大国が紛争の当事者となれば、世界の終わりとなりかねない、ということは誰もが理解していることです。
ソ連に代わって、中国が目覚ましい発展を遂げました。
現在は米中が世界の覇権を争っているという構図が出来上がっています。
軍事的衝突のリスクは軽減し、経済戦争が静かに継続しているのです。
しかし、この両国のどちらかが一方的に勝利するという現実は見えてはこない。
中国の民主化など、だれが真剣に考えるでしょう。
バランス・オブ・パワーが重要になっているのです。
トランプ政権はバランスを崩そうとしました。
というより、揺さぶり、崩そうと見せかけ、敵対姿勢を強めることで、自国を、トランプ自身を正当化しようとするものでした。
その中で、日本は、右往左往を余儀なくされた4年間ではなかったでしょうか。
バイデン政権では、米中は敵対関係というより、競争関係としての立場をとっていくのではないかという気がするし、それを望みます。
大国は競争し合うと同時に協力するべき事柄は多く存在します。
新型コロナの影響もあり、アメリカは衰退しました。
中国は立ち直りが早い。
今後の世界は、両大国のバランスを見極めながら立ち回っていかなければならないでしょう。

日本は、あまりにアメリカに依存しすぎています。
日本にとってアメリカは、唯一の同盟国、しかし、アメリカにとっての日本は数ある同盟国の一つに過ぎないのです。
日米関係は日本にとって、最も重要な外交なのです。
同盟国であるなら、お互いの関係が、どのように利益に結び付いているのか、どちらがどのようにコストを背負っているのか、常に考え、議論し続ける必要があります。
現在、押し付けられる関係が強すぎます。
アメリカの政権交代は、地位協定を考えるにいい機会なのです。
もし、日本海で中国や北朝鮮との衝突が起きたら、アメリカはどこまで介入してくれるのでしょうか。
リスクを承知で日本の診方をし、軍事介入までしてくれるのでしょうか。
今、詰めておかなければ、日本の明るい将来は見えてきません。
外務大臣が、懸命にコロナ対策に奔走している日本に不安を覚えるのは私だけでしょうか。
悪いとは言わない、しかし、他にいないのか、今、誰がやるべきなのか、誰も疑問を持たないのか。
コロナのせいにして、何もかもか、ずれてきている気がしてなりません。

新型コロナについて思う事

新型コロナの終息はいまだ見えず、政府の対応も感染封じ込めと、経済対策の板挟みにあって、中途半端にならざるを得ない。
メディアは、専門家に語らせたり、責任を回避できる程度に好き勝手にしゃべるコメンテーターを連れてきたりで、結論を出すのが難しい問題を面白おかしく取り上げることに終始する。
医療の分野の人は、感染は広めない、という大前提で主張を振りかざす。
それは彼らの正義であり、仕方ない。
経済や社会的貧困、人心のことなど別の話であり、彼らには関係ない。
確かに感染が爆発的に広まれば、医療現場はひっ迫し、従事者は相当の被害を被るだろう。
その危機感は理解できる。
ただ、将来起こるかもしれない不安を極度にあおり、他の策を排除しようとする姿勢が果たして社会にとって有意なのだろうか。
ワクチンの承認は目前に迫っている。
もし、このワクチンが、期待されるほどの効果を持たなかったら、どう対応するのだろう。
サービス業を中心とした経済の自粛活動は、行えば感染者は減少するだろう。
しかし緩めれば、また増加する。
繰り返すうちに、長く、ひどく疲弊し続けるはずなのです。
国の借金だけでなく、民間の借金も増え続けているのではないだろうか。
借金は、質の悪い投資に姿を変えて、世の中に浸透していたりする。
ある日、救いようのない経済の崩壊が始まらなければよいと思うのは私の杞憂だろうか。

65歳以上、基礎疾患を持った方の自粛要請がやっと出された。
私はこれが最も有効な手段だと思っているし、もっと強く出せないのか、今頃か、という思いが強い。
人種隔離政策、これが今回の新型コロナ対策で最も有効な手段ではないかと思っている。
人種隔離という言葉に、差別的な意味は全くない。
年齢、個人の健康状態、生活パターン、家族構成、こういったカテゴリーで、国民を区分し、感染した場合のリスクの高い人々を隔離に近い状態で守るべきではないだろうか。
健康な若年層は、たとえ感染しても重症化するリスクは低い。
こういった人たちが、通常の生活を送ることで、自然に感染は浸透し、終息も自然なものになるのではないだろうか。
普通に飲食やサービスを楽しんで差し支えないのではなかろうか。
インフルエンザでも、大流行すれば一日2万人ほどの患者が出る。
感染した人は自主隔離に近い状態で療養し回復を待つ。
一定数は重症化することは経験値によってわかっている。
今回の新型コロナで、徹底して対策するべきは、高リスク者に限ってよいのではないだろうか。
外出や人との接触を避け、終息をみるまで自らの身を守る。
行政もそこに重点的に対策をとる。
やむを得ずこういった人と接触せざるを得ない、家族などは当然同じように徹底して感染対策をとらなければいけないだろう。
職業として、高リスク者と接しざるを得ない、医療や介護福祉の従事者は、当然のこととして完全に行動を制限されなければいけないだろう。
極力人との接触を避け、外出や、外食をやめる。
相当な負担になることはわかっている。
だからこそ、こういった人たちに、慰労金、感謝金として、ひとり100万でも200万でも支給すればいい。
国民全体で我慢し、不安を抱え、対価として補償をばらまく対策がどれほど有効なのか、私は疑問でならない。

もちろん、素人の論であり、やればやったでうまくいかない面はあるかもしれない。
でも、とにかく国民総出で、取り組もうという全体主義の方法はいくらなんでも限界がある。
しかし、こういった方法をとっていない以上、検証することもできない。
ならば、いま進められている施策が正しいと願いたい。
あとあと、政治が後悔し、国民が責任を負うことがないことを願いたい。

首相の交代

日本の首相は突然の交代となった。
アメリカの大統領も、交代は動かないだろう。
日本の場合は、その政策は大筋で変わるものはない。
総理大臣の権限はたかが知れている。組織の意思が政治を動かしている以上、代表が誰であろうと関係ないだろう。
悪しき慣習だけを切るに、いい機会だとは思う。安倍さんのことを政治家も国民も忘れ去るにちょうどいい。
どうせ、安倍政権の遺産などは、残すべきものは少ない。

アメリカの大統領選のほうが興味を持って見ることができた。
私はトランプという人物を好きでも嫌いでもない。
会ったこともない人を好き嫌いもないものだと思う。
メディアを通じての人物像など、なんの意味もないと思う。
ただ、彼の残した政策、言動、なにひとつ、評価できるものはないと思う。
彼の政策の第一の目玉は、経済対策だったはず。
新型コロナの影響もあるとはいえ、アメリカの経済環境は全く改善されなかった。
雇用に関しても、けっきょくアメリカ人の失業率はかわらない。
あれほど、移民を排除し、メキシコ、中国と敵対して、この結果である。
成長率は低下したとは言えないまでも、あれほどの大風呂敷の末では、まったくお粗末な増加率。
財政赤字は増加し、ドルの価値が下がるリスクは増大した。
結局、トランプの言動は、話題性だけは大したものだったが、オバマ政権と比べて、すべてにおいて劣っていたといえるのではないだろうか。

日本も、これに付き合ってずいぶん振り回された。
貿易面では、相当苦慮したのではないだろうか。
アメリカのTTP離脱からの日米貿易協定など、後々の笑い話になるだろう。
今後、バイデン政権に移行したとして、この政権は前政権の負の遺産をそっくり受け継ぐことになる。
ビルド&デストロイのデストロイだけを散々やってのけたツケは大きい。
元に戻すビルドをやり直すことになるだろう。
そして、ひたすら日本は、押し付けられたり、付き合わされたりの日々が続くことになるかもしれない。

菅政権も発足時点で、死に体に近い状態ではないだろうか。
コロナ過のなかで、対策に尽力するために必要というだけで存続を許されている気がする。
今後、与党内での分裂が起こるのではないだろうか。
自民党に幸いなのは、野党が同じように分裂し、共闘できず、何ら力を出せずにいることだろう。
出せずにというか、そもそも現野党に力などないのだから話にならない。
いつまでも、変わらず衰退する日本の政治、大きく変わりながら衰退する大国アメリカ。
仲良く滅びの道をたどらなければよいのだが。

今後、世界勢力の再編がおこっていくのではないだろうか。
資本主義社会が逼塞するなか、何かのアクションを起こさなければ、西側勢力は低下の一途をたどるだろう。
それでも民主主義は絶対に守られなければならない。
日本がもう少し、世界のリーダーシップを取れないものだろうかと、ないものねだりが止まらない。

自然災害

年に何度もやってくる災害。
自然災害も、疫病も、いたるところで幾度も日本経済に打撃を当て続けている。
そして、これはしばらく収まることはないのだと思えます。
今後も、幾度となく何かが起こり、財政は脅かされるのではないでしょうか。

国債は打ち出の小槌みたいなものです。
どれだけでも発行すれば金になる。
そもそも、返す必要もないんです。
発行するも返済するも国の自由。
しかし、金利だけは払い続けなければいけません。
もし、国の借金が増大し続けて、金利支払い分が、国の収入を上回ってしまったらどうなるのでしょうか。
これは、専門家も意見が分かれてよくわかりませんね。
そんなことは起こり得ないという人もいます。
景気の回復により金利が上昇すると利払いが増えるかもしれない。その場合は税収も増加するので、財政負担は変わらず、心配はいらないとの主張もあります。
たとえ利払いが膨らんでも、その分の支払いでさえ猶予させればいい、とも聞きます。
割と楽観的な意見が多い気がします。
私は、生きていくうえで、肝に銘じていることがあります。
偉そうに語る人の話を信用するな、です。
もちろんネガティブな見通しだけを信じて、恐れて生きるのも賢くはありませんけどね。

とにかく、令和に入って、国債の増加率は膨れ上がっています。
今後も増え続けるでしょう。
この国の借金は、将来に持ち越され、これからの世代に引き継がれていくのです。
国と国民は一蓮托生なのですから、背負うのは国民。
さらに、今後少子高齢化が進み、社会保障負担も増えていきます。
税金と社会保障費が国民所得に占める割合を国民負担率と呼びます。
日本は、これだけの借金を抱え、さらに世界に類を見ない高齢化社会に足を踏み入れているというのに、この国民負担率が他の国と比べて低いんです。
なんでも国債で解決して、いつまでも続けられるんでしょうか。
近い将来、利払いが税収を上回ってしまうのでは。

いつか、日本はハイパーインフレの道を選ぶのではないか、という気がしているのです。
借金を解決する手っ取り早い方法は、紙幣を大量に刷ること。
1000兆円の紙幣を印刷し、国債返済に充てれば国の借金はあっという間になくなるのです。
ただし、これを行えば、1000兆円の紙幣が急激に世間に出回り、貨幣価値が何十分の一に下がるでしょう。
恐ろしいことが起きます。
しかし、他に方法がない、という日がいつか来るのではないか。
これをやるなら、突然のはずです。
政府は、すべてを投げうって、内閣は総辞職、国会は解散。
責任のなすり合いの中で、国民は途方に暮れる。
これは私の杞憂なのでしょうか。

この沈滞と混乱に巻き込まれた現状の中で、私たち国民は、国の懐事情と私たちの生活について、真剣に考えるいい機会なのかもしれません。

新型コロナ

まだまだ、新型コロナでの影響は先の見えないトンネルに入ったままです。
もう仕方ないですね。
このウイルスを、根絶することが現実的でないわけですから、感染するかワクチン接種かで、抗体を獲得するより対抗の手段がない。
これが昔だったら、一気に蔓延して患者数も死者数も増えます。
その代わり、1か月くらいで終息するはずなのです。
これが本来の姿だとも、これがいいと言うつもりもない。
世界は、過去に経験に沿わず、ウイルスの拡散を可能な限り食い止め、言わば長い時間ウイルスと付き合おうとしています。
自ら長い戦いを選んだんです。
おそらくまだまだ続くでしょう。
夏が過ぎて、感染症の流行期である秋冬には、大きな流行が来るかもしれません。
ワクチンがいつ製品化されるのか、そしてその有効性安全性は不確定要素が大きいです。

最近の政府の対応を見ていると、ある程度のウイルスの拡散はやむを得ないとみているような気がします。
どうせ感染を止められないなら、緩やかに拡散させ、抗体を持ってもらったほうが国民のためになる。
なにより、これ以上経済を停滞させるわけにはいかない。
本気で食い止める気はないのかもしれません。
厚労大臣の姿がほとんど見られず、経済再生大臣ばかりが露出していることでもそんな気がします。
医学の専門家などは、彼らの立場として、一層のディフェンスを呼びかけるでしょう。
オフェンスに移行したい人がこれから徐々に増えていくかもしれません。
ある程度の犠牲は仕方ないだろう。
表面化していないだけで、そういう考えを持っている人は多くいます。
せめぎ合いとなるかもしれません。
見苦しい争いにならなければいいのだが、と思う次第です。

何よりむかつくのは、これを政治の駆け引きとして利用しようとしているのではないかと思える勢力が見えてきたこと。
政府の対応は、ちぐはぐに見えます。
何をしたいのかよくわからない。
新型コロナの流行を食い止めるより、ある程度コントロールしたい。
ブレーキとアクセルをバランスをとって、操作しながら、世論の批判をかわしたい。
わざと決定的な対策を打とうとしないように見えます。
反政府勢力は、もはやどっちでもいいのではないでしょうか、問題の責任をすべて政策にひっかぶせて批判の材料にする。
この騒動に市民団体が乗っかってくれば、混乱は私たちの社会で深刻な事態となります。

つくづく恐ろしいと思うのは、これが致死率数パーセントのウイルスの力であるということ。
その致死率は、年代別で大きな差があります。
高年齢ほどかかると怖い。
このようなウイルス兵器が人的に作ることは可能でしょうし、今回使用した場合の有用性は証明されました。
これを兵器としてみるなら、火砲や破壊兵器、化学兵器と比べて、人道的なものと言うこともできるのです。
大量殺戮を行うものではありません。
しかし、静かに拡散させ、たくさんの国の経済に巨大なダメージを与えることができます。
犠牲となるのは、生産性の低い社会的弱者。
それをどれだけ守れるか、国の価値にもかかわってきます。
自国だけがワクチンを先に持ち得ているなら、強力な武器となります。。
過去の狂信的独裁者が手に入れたら、その利用性の高さに驚喜したことでしょう。

我々は学ばなければいけません。
政治家は、なおさら学び、とにかく先を見ていただきたいものです。

ポスト安部

ポスト安部は誰なのか。
あまり興味がないです。
日本のリーダーとして、ふさわしい人物は見当たらない。
日本の頭首は、個人の資質だけではどうにもなりません。
大統領のような権力を持ち得ないわけですから、人脈を持ち、時になれ合い、おこぼれを分け与える力がなければどうにもならないんです。
無ければ無いほうがいい、しかし、今は、立派な理想を語る人だけが、やたら多い。

リーダーにならんとして、熱く語る人の言葉には、どれだけの現実味があるか、注意深く考えるようにしています。
言うだけならどうにでもなる。
口のうまい人は多いですね。
特に、弱者救済、格差社会の是正などを語る人の壮大な理想には、首をかしげざるを得ません。
今日の食べ物に困っている人に、500円与えれば、今日の飢えをしのぎ、1日生き延びることができるかもしれません。
これが悪いとは言いません。
個人としてなら、慈悲深い行為でしょう。
しかし、1日飢えをしのげた人は、明日、明後日はどうするのでしょう。
また、飢えた人が100人、1000人いたらどうするのですか。
リーダーは、簡単に500円与えることは許されないのです。
今日だけ生き延びれたからいいじゃない、全員は救えないから、選んで救ってあげる。
こんな、マスターベーションで満足するリーダーは最悪です。
上手な語りによって、民意を得ようとする者の多くが、確たる根拠を持たず、まるで「自分ならすべての飢えた人たちを未来永劫救える」と言っているように見えるのです。

私からすれば、格差社会を解消するのは恐ろしく困難な事業だと思えます。
非正規労働者の賃金を上げる原資をどこから持ってくるのでしょう。
代わりに正社員の給与を下げるのですか。
パートの給与が上がって正社員の給与と遜色なくなれば、正社員のモチベーションは下がりませんか。
正規で働く意味がなくなります。
日本の経済自体が停滞しているのだから、低所得者だけを持ち上げることは無理です。
少子化で人口が減り続ける中で、どの口が全員を救うなどと言えるのでしょう。
誰かを救えば、代わりに誰が割を食うのか、という話になるのです。
そこを語らず、ただ民意をリードしようとするリーダー候補者に騙されるわけにはいきません。

理想を追いすぎると、極端な思想に流れがちです。
弱者救済を求め続ければ、社会主義に進まざるをえなるなる気がします。
逆に高齢者や障碍者などの弱者は、生産性に乏しく経済を圧迫する存在だと見ることも可能です。
その考えの先には、かつて世界を恐怖させたナチズムの思想に繋がります。
どっちに傾いても、日本の危機につながるのです。
私たちは、とにかく、口のうまい者を疑う注意が必要でしょう。

コロナ一色

世界の情勢が、コロナ対応一色となって久しい。
何事も停滞してしまいました。
大きな波風もたたず、平穏にも見えます。
水面下では、いろいろと動きはあるのだろうが、我々には知る由もありません。
政治への不信は、政権のみならず、政治全体に及んでいる気がします。
現在は、内閣への不支持以上に、野党への不支持が大きいのではないでしょうか。
ポスト安部を託せる政治家が見当たらない。
本来なら、新しい日本のリーダーにだれがふさわしいのか。
熱をもって語られるべきでしょうに。

スキャンダルをあら探しして、政権を批判攻撃し、政策への議論をおろそかにしたからこんなことになったのです。
もう、森友や加計の名を聞くこともない。
森友の代表など悲惨なものです。
左派勢力に言いくるめられ、政権批判の材料として、おだてられ、だまされて、安部批判を繰り返した挙句、何も明らかにされることはなく、何も得ることもなく、今は誰も相手をしなくなりました。
彼には彼の言い分があったんでしょうが、利用されすぎました。
最近はネットを通じて情報発信しているようです。
安部批判のために、自分が野党から利用されたことに、気づいたような発言も見受けられます。
しかし、誰もが知らんぷりです。
もう、用済みだし、相手をして、いらんことを語られると、利用した政治家やマスコミは困るので、無視に徹しているようです。
かわいそうですが、自業自得ですね。
そして、こうした輩を勝手よく利用するしか能のなかった野党陣営も、この有様です。

野党の連合も期待できない。
私は、自民党に対して思い入れはない。
しかし、この政党のしたたかさだけは、感心せざるを得ない。
なんで、自民党は公明党と連立を組んでいるのか。
本来自民党は、公明党とは政策は似ていないし、敵対する関係でした。
しかし、かつて単独で政権をとることができなかった自民党は、学会員の集票力という武器を手に入れる、それだけのために公明党と手を組んだ。
公明党も、政権与党となることで、大臣を輩出し、多大な影響力を手に入れることができる。
よく考えたら滅茶苦茶な話です。
しかし、どうでしょう、お互いの良いところだけを認め、異なる点には目をつぶった結果、良くも悪くも、やりたい放題の政権を築き上げました。
決して褒められるやり方じゃありません。
恥を知れ、とも言いたくなる。
しかし、これが政治のやり方だし、おかげでやるべきことを行えた。
烏合と離散を繰り返すだけで何もできない野党とは違うのだと認めざるを得ない。

しかし、こんな与党も一枚岩ではないことは事実です。
他勢力で、強力なリーダーシップをとるブレない力が現れるなら、パワーバランスはがらりと変わるはずなのです。
公明党の目的は、与党であり続けることなのが見えています。
選挙で協力すること以外に、自民党と手を組む理由はないはずです。
大きな流れの前では、身の振り方を簡単に変えるでしょう。
意外と勢力の変化は簡単に行われるのかもしれません。
ただ、きっかけを作れる人物だけがいない。
どう、見回しても、見当たらない。残念至極。



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