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自然災害

年に何度もやってくる災害。
自然災害も、疫病も、いたるところで幾度も日本経済に打撃を当て続けている。
そして、これはしばらく収まることはないのだと思えます。
今後も、幾度となく何かが起こり、財政は脅かされるのではないでしょうか。

国債は打ち出の小槌みたいなものです。
どれだけでも発行すれば金になる。
そもそも、返す必要もないんです。
発行するも返済するも国の自由。
しかし、金利だけは払い続けなければいけません。
もし、国の借金が増大し続けて、金利支払い分が、国の収入を上回ってしまったらどうなるのでしょうか。
これは、専門家も意見が分かれてよくわかりませんね。
そんなことは起こり得ないという人もいます。
景気の回復により金利が上昇すると利払いが増えるかもしれない。その場合は税収も増加するので、財政負担は変わらず、心配はいらないとの主張もあります。
たとえ利払いが膨らんでも、その分の支払いでさえ猶予させればいい、とも聞きます。
割と楽観的な意見が多い気がします。
私は、生きていくうえで、肝に銘じていることがあります。
偉そうに語る人の話を信用するな、です。
もちろんネガティブな見通しだけを信じて、恐れて生きるのも賢くはありませんけどね。

とにかく、令和に入って、国債の増加率は膨れ上がっています。
今後も増え続けるでしょう。
この国の借金は、将来に持ち越され、これからの世代に引き継がれていくのです。
国と国民は一蓮托生なのですから、背負うのは国民。
さらに、今後少子高齢化が進み、社会保障負担も増えていきます。
税金と社会保障費が国民所得に占める割合を国民負担率と呼びます。
日本は、これだけの借金を抱え、さらに世界に類を見ない高齢化社会に足を踏み入れているというのに、この国民負担率が他の国と比べて低いんです。
なんでも国債で解決して、いつまでも続けられるんでしょうか。
近い将来、利払いが税収を上回ってしまうのでは。

いつか、日本はハイパーインフレの道を選ぶのではないか、という気がしているのです。
借金を解決する手っ取り早い方法は、紙幣を大量に刷ること。
1000兆円の紙幣を印刷し、国債返済に充てれば国の借金はあっという間になくなるのです。
ただし、これを行えば、1000兆円の紙幣が急激に世間に出回り、貨幣価値が何十分の一に下がるでしょう。
恐ろしいことが起きます。
しかし、他に方法がない、という日がいつか来るのではないか。
これをやるなら、突然のはずです。
政府は、すべてを投げうって、内閣は総辞職、国会は解散。
責任のなすり合いの中で、国民は途方に暮れる。
これは私の杞憂なのでしょうか。

この沈滞と混乱に巻き込まれた現状の中で、私たち国民は、国の懐事情と私たちの生活について、真剣に考えるいい機会なのかもしれません。

新型コロナ

まだまだ、新型コロナでの影響は先の見えないトンネルに入ったままです。
もう仕方ないですね。
このウイルスを、根絶することが現実的でないわけですから、感染するかワクチン接種かで、抗体を獲得するより対抗の手段がない。
これが昔だったら、一気に蔓延して患者数も死者数も増えます。
その代わり、1か月くらいで終息するはずなのです。
これが本来の姿だとも、これがいいと言うつもりもない。
世界は、過去に経験に沿わず、ウイルスの拡散を可能な限り食い止め、言わば長い時間ウイルスと付き合おうとしています。
自ら長い戦いを選んだんです。
おそらくまだまだ続くでしょう。
夏が過ぎて、感染症の流行期である秋冬には、大きな流行が来るかもしれません。
ワクチンがいつ製品化されるのか、そしてその有効性安全性は不確定要素が大きいです。

最近の政府の対応を見ていると、ある程度のウイルスの拡散はやむを得ないとみているような気がします。
どうせ感染を止められないなら、緩やかに拡散させ、抗体を持ってもらったほうが国民のためになる。
なにより、これ以上経済を停滞させるわけにはいかない。
本気で食い止める気はないのかもしれません。
厚労大臣の姿がほとんど見られず、経済再生大臣ばかりが露出していることでもそんな気がします。
医学の専門家などは、彼らの立場として、一層のディフェンスを呼びかけるでしょう。
オフェンスに移行したい人がこれから徐々に増えていくかもしれません。
ある程度の犠牲は仕方ないだろう。
表面化していないだけで、そういう考えを持っている人は多くいます。
せめぎ合いとなるかもしれません。
見苦しい争いにならなければいいのだが、と思う次第です。

何よりむかつくのは、これを政治の駆け引きとして利用しようとしているのではないかと思える勢力が見えてきたこと。
政府の対応は、ちぐはぐに見えます。
何をしたいのかよくわからない。
新型コロナの流行を食い止めるより、ある程度コントロールしたい。
ブレーキとアクセルをバランスをとって、操作しながら、世論の批判をかわしたい。
わざと決定的な対策を打とうとしないように見えます。
反政府勢力は、もはやどっちでもいいのではないでしょうか、問題の責任をすべて政策にひっかぶせて批判の材料にする。
この騒動に市民団体が乗っかってくれば、混乱は私たちの社会で深刻な事態となります。

つくづく恐ろしいと思うのは、これが致死率数パーセントのウイルスの力であるということ。
その致死率は、年代別で大きな差があります。
高年齢ほどかかると怖い。
このようなウイルス兵器が人的に作ることは可能でしょうし、今回使用した場合の有用性は証明されました。
これを兵器としてみるなら、火砲や破壊兵器、化学兵器と比べて、人道的なものと言うこともできるのです。
大量殺戮を行うものではありません。
しかし、静かに拡散させ、たくさんの国の経済に巨大なダメージを与えることができます。
犠牲となるのは、生産性の低い社会的弱者。
それをどれだけ守れるか、国の価値にもかかわってきます。
自国だけがワクチンを先に持ち得ているなら、強力な武器となります。。
過去の狂信的独裁者が手に入れたら、その利用性の高さに驚喜したことでしょう。

我々は学ばなければいけません。
政治家は、なおさら学び、とにかく先を見ていただきたいものです。

ポスト安部

ポスト安部は誰なのか。
あまり興味がないです。
日本のリーダーとして、ふさわしい人物は見当たらない。
日本の頭首は、個人の資質だけではどうにもなりません。
大統領のような権力を持ち得ないわけですから、人脈を持ち、時になれ合い、おこぼれを分け与える力がなければどうにもならないんです。
無ければ無いほうがいい、しかし、今は、立派な理想を語る人だけが、やたら多い。

リーダーにならんとして、熱く語る人の言葉には、どれだけの現実味があるか、注意深く考えるようにしています。
言うだけならどうにでもなる。
口のうまい人は多いですね。
特に、弱者救済、格差社会の是正などを語る人の壮大な理想には、首をかしげざるを得ません。
今日の食べ物に困っている人に、500円与えれば、今日の飢えをしのぎ、1日生き延びることができるかもしれません。
これが悪いとは言いません。
個人としてなら、慈悲深い行為でしょう。
しかし、1日飢えをしのげた人は、明日、明後日はどうするのでしょう。
また、飢えた人が100人、1000人いたらどうするのですか。
リーダーは、簡単に500円与えることは許されないのです。
今日だけ生き延びれたからいいじゃない、全員は救えないから、選んで救ってあげる。
こんな、マスターベーションで満足するリーダーは最悪です。
上手な語りによって、民意を得ようとする者の多くが、確たる根拠を持たず、まるで「自分ならすべての飢えた人たちを未来永劫救える」と言っているように見えるのです。

私からすれば、格差社会を解消するのは恐ろしく困難な事業だと思えます。
非正規労働者の賃金を上げる原資をどこから持ってくるのでしょう。
代わりに正社員の給与を下げるのですか。
パートの給与が上がって正社員の給与と遜色なくなれば、正社員のモチベーションは下がりませんか。
正規で働く意味がなくなります。
日本の経済自体が停滞しているのだから、低所得者だけを持ち上げることは無理です。
少子化で人口が減り続ける中で、どの口が全員を救うなどと言えるのでしょう。
誰かを救えば、代わりに誰が割を食うのか、という話になるのです。
そこを語らず、ただ民意をリードしようとするリーダー候補者に騙されるわけにはいきません。

理想を追いすぎると、極端な思想に流れがちです。
弱者救済を求め続ければ、社会主義に進まざるをえなるなる気がします。
逆に高齢者や障碍者などの弱者は、生産性に乏しく経済を圧迫する存在だと見ることも可能です。
その考えの先には、かつて世界を恐怖させたナチズムの思想に繋がります。
どっちに傾いても、日本の危機につながるのです。
私たちは、とにかく、口のうまい者を疑う注意が必要でしょう。

コロナ一色

世界の情勢が、コロナ対応一色となって久しい。
何事も停滞してしまいました。
大きな波風もたたず、平穏にも見えます。
水面下では、いろいろと動きはあるのだろうが、我々には知る由もありません。
政治への不信は、政権のみならず、政治全体に及んでいる気がします。
現在は、内閣への不支持以上に、野党への不支持が大きいのではないでしょうか。
ポスト安部を託せる政治家が見当たらない。
本来なら、新しい日本のリーダーにだれがふさわしいのか。
熱をもって語られるべきでしょうに。

スキャンダルをあら探しして、政権を批判攻撃し、政策への議論をおろそかにしたからこんなことになったのです。
もう、森友や加計の名を聞くこともない。
森友の代表など悲惨なものです。
左派勢力に言いくるめられ、政権批判の材料として、おだてられ、だまされて、安部批判を繰り返した挙句、何も明らかにされることはなく、何も得ることもなく、今は誰も相手をしなくなりました。
彼には彼の言い分があったんでしょうが、利用されすぎました。
最近はネットを通じて情報発信しているようです。
安部批判のために、自分が野党から利用されたことに、気づいたような発言も見受けられます。
しかし、誰もが知らんぷりです。
もう、用済みだし、相手をして、いらんことを語られると、利用した政治家やマスコミは困るので、無視に徹しているようです。
かわいそうですが、自業自得ですね。
そして、こうした輩を勝手よく利用するしか能のなかった野党陣営も、この有様です。

野党の連合も期待できない。
私は、自民党に対して思い入れはない。
しかし、この政党のしたたかさだけは、感心せざるを得ない。
なんで、自民党は公明党と連立を組んでいるのか。
本来自民党は、公明党とは政策は似ていないし、敵対する関係でした。
しかし、かつて単独で政権をとることができなかった自民党は、学会員の集票力という武器を手に入れる、それだけのために公明党と手を組んだ。
公明党も、政権与党となることで、大臣を輩出し、多大な影響力を手に入れることができる。
よく考えたら滅茶苦茶な話です。
しかし、どうでしょう、お互いの良いところだけを認め、異なる点には目をつぶった結果、良くも悪くも、やりたい放題の政権を築き上げました。
決して褒められるやり方じゃありません。
恥を知れ、とも言いたくなる。
しかし、これが政治のやり方だし、おかげでやるべきことを行えた。
烏合と離散を繰り返すだけで何もできない野党とは違うのだと認めざるを得ない。

しかし、こんな与党も一枚岩ではないことは事実です。
他勢力で、強力なリーダーシップをとるブレない力が現れるなら、パワーバランスはがらりと変わるはずなのです。
公明党の目的は、与党であり続けることなのが見えています。
選挙で協力すること以外に、自民党と手を組む理由はないはずです。
大きな流れの前では、身の振り方を簡単に変えるでしょう。
意外と勢力の変化は簡単に行われるのかもしれません。
ただ、きっかけを作れる人物だけがいない。
どう、見回しても、見当たらない。残念至極。

黒川元検事長

だいぶ疲弊しましたね。
国民も、政治も。
経済も虫の息。
娯楽を奪われた人々は息抜きもままならず、憤懣がくすぶり続けています。
もう、現政権も、ある程度の諦めを持って動いている気がします。
どう処置しようが、延命としかならない。

今、コロナ以外で何かと話題になっている、黒川元検事長。
賭け麻雀問題で、すごい悪者になりましたね。
このまま、安倍政権に切り捨てられざるを得ないでしょう。
実は、私は、この黒川氏は、魅力的に感じるんです。
この人は、多分安倍さんのお友達じゃありませんよ。
安倍さんに、ではなく、時の権力者に懸命に使えてきた有能な官僚だと思います。
民主党政権の時にも、変わらず、法務大臣を支え、政治を陰から支えている。
調べてみると、いかなる場面でも、気配りを怠らず、人を支え動かし、局面では汚れ仕事を自ら担って行う人だったと思います。
だからこそ、官邸にとっては、頼りになる、近くに置いておきたい存在だった。
結果的には、優秀だったからこそ、権力闘争の中で滅びる運命になった。
過去の功績は、すべて吹き飛んだ。
もちろん本人に野望はあったでしょうが、なんとも気の毒な、寂しい最後だなという気がするのです。
お金を賭けて麻雀をするような人物は、叩きのめして追い出して、退職金も取り上げてしまえ。
そうリードしていくマスコミも、安易に流される世間の風潮も、私は少し違和感を感じる。
今回、文春の報道をきっかけに、正義が全うされたと思うかもしれない。
黒川氏の失脚で、政権のもくろみは崩れ、司法への影響力は下がるでしょう。
しかし、違う勢力が台頭してくる。
力を増大させた検察に、脅威はないのだろうか。
カルロス・ゴーンへのやり方は、いくら何でもまずすぎた。
結果があのざまです。
今後たがが外れて、あのようなやり方が横行する検察なら、それはまた、恐ろしい話です。

今後、選挙を待たずして、政治の顔ぶれががらりと変わるかもしれません。
私は最近感じるのは、やっぱり日本国の運営は官僚が主体なのだな、という思いです。
やっぱり、力を持ち続けていくのは、官僚。
最近の自民党政権は、あからさまに官を立て、民をないがしろにしている。
これが、未来を見据えてのことか、保身のためか、正直私には判断できない。
政治家と官僚のゴタゴタは、結局は勢力図が書き換わるだけなのです。
今後、この時勢にあっては、本当に日本の構造には改革が必要かもしれません。

経済のあり方も、大きく変化せざるを得ないはず。
これまでのようにインバウンドに頼るわけにはいかない。
投資会社は壊滅的です。
中国経済は肥大化した自らを持て余し、アメリカは選挙次第で不透明。
今後政治は、下支えの分野を選ぶ作業に入っていくのではないでしょうか。
業績の上昇が認められる部分に、てこ入れする方向に転換せざるを得ない。
日本の失業率はまだ低い。
しかし、それだけ変われないということでもあるはずです。
既存の企業は、長く赤字体質を変えられないかもしれない。
低い失業率を支えているのが、多くの非正規雇用者であるということも忘れてはならない。
経済格差は広がっていくかもしれません。
気が重くなるのは、そういった状況に当たり、政治に何ら期待できないかもしれないということです。

安倍総理

もう、安倍さんもいいでしょう。
お疲れ様でした。
新型コロナへは、とりあえず収束の方向に向かっている。
政権の対応は、よかった面もあれば、お粗末なところもあった。
検証は必要でしょうが、私はあまり興味はない。
是も非も、教訓として未来に生かせばよい。
また、流行は起こるかもしれないが、対応は繰り返しです。
ワクチンのタイミング次第で、なるようにしかならない。
後は、経済対策、各業界への補填のあり方ですが、これは安倍内閣でなくてもいい。
いや、安倍内閣じゃない方がいい。
オリンピック開催は不透明。
東京開催が予定通り行われたとしても、安倍さんは必要ない。
安倍さんの悲願である憲法改革への道筋も、それどころじゃなくなった。
これ以上しがみつかず、次の政権に託すが賢いでしょう。
ここで、日本が二大政党制にないのが、実に残念。
安倍さんに退いてもらって、やっぱり自民党政権が保守とリベラレルの両面をバランスを取りながら、国政の舵取りせざるを得ない。
いつまでも同じような繰り返し。

野党は相も変わらず、くだらない批判の繰り返し。
どうも今回は、一部芸能人などの後押しを受けて、少しは威勢が良さそうです。
ただ、弱い。
安倍さんは嘘をつく人だから、辞めてほしい、みたいな風潮を感じられる。
私は、少々あきれる気持ちになる。
ほとんどの人は嘘をつきますよ。
保身のため、組織のため、大義のため、ありとあらゆる場面で、都合のいいように解釈し、頭の中で改ざんし、嘘をつく。
私もそうです。
政治家など、誰かが言ったように、まさに息をするように嘘をつく人々でしょう。
小沢さん、あなたはよく知っているはずです。
安倍さんの嘘は驚くほどに、稚拙です。
子どもの言い訳のように、ごまかしの答弁をします。
誰もが納得できないことを、当然のように推し進め、反対する意見を嘘でごまかし、かき消してきた。
自民党内で、認められ、許されたからです。
お友達を大事にし、その一方で邪魔は容赦なく切り捨てる。
森友、加計(この加計学園の創立者は岸信介と妾の間に生まれた子らしいから、加計と安倍は実は近い親戚で、関係は切れないか(笑))、黒川、……
切られたり、切られたようでつながっていたり、他にも影でしっかり手を組んで暗躍している輩がたくさんいたり……
まあ、だいぶ表面化してきたし、自民党内でもそろそろという意見が増えてきているようです。
と、いうことで交代でしょう。
現代日本に、実は世論はあんまり関係ない。
交代しても、複雑に絡み合って結びついた人脈は変わらない。
明治維新以降続いてきた闇だから、そう簡単には変わらないか。

ただ、世の中は、思わぬ形で変わらざるを得ない状況になっている。
ここで、適応できない者は淘汰されざるを得ないでしょう。
政治でも同じではないでしょうか。
もしかしたら、政治も、変える機会かもしれない、と思うのは私だけだろうか。

全体主義体制

見えない敵に対して勝利するために、全体主義体制となった世界。
そろそろ、次のステージを見据えた方がいいのかもしれません。
「欲しがりません、勝つまでは」と、誰もが必死に耐えています。
しかし、次第に緩みが出てくる頃でもあります。
ちょっとくらいならいいだろう。息抜きも必要だ。
何かと理由を作り、動きを始める人が出てくる。
サービス業は、喜んでそういった人を受け入れるでしょう。
私たちも、生きていくために仕方ない、と考えて。
でも、それを許さない人も出てくる。
やがてレイシストの台頭。
そしてデマゴーギー、ポピュリズムが浸透し始め……。
歴史を繰り返してはいけない。
国民の気持ちも疲弊しています。
不満を誹謗、中傷へ転化し、攻撃の対象を探し始めます。
そのとき、政治はどう動くのか。

今回、経済的被害を受けているのは、サービス業。
飲食、交通、宿泊は壊滅的です。
国や自治体からの援助を期待し、今はじっと我慢して、乗り切ろうと考えている人も多いかもしれない。
しかし、いかに強大な国家でも支えきれるでしょうか。
今回、この戦いには明確な終わりが見える気がしない。
たとえ、新型コロナウイルスからの脅威が消えたとしても、いつ何時新たなウイルスが発生しないとも限らない。
私たちは、人との接触、大人数での移動や会合、接待を伴う飲食、こういった行為の危険性が刷り込まれてしまったのではないでしょうか。
果たして、元のような生活に戻れるのか。
もはや、レジャーや外食という行為はリスクを伴うものだという意識が生まれてしまったかもしれません。
もしかしたら、不特定多数の人が集まる場での飲食が社会悪と認識されてしまう。
これまで私たちの生活で普通に行われてきた娯楽が、まるで人目を忍んで行われる性風俗産業のようになる可能性もあるのです。

もう、社会の仕組みそのものが変わっていくのかもしれません。
あらゆるサービスの形態が変わらざるを得ないかもしれない。
果たして時代の変化に、誰がついてこれるのか。
もしかしたら、産業革命波の急激な変化が今後起こるのかもしれない、という気もしています。
今後、どういう変化があるにせよ、繁栄する者と淘汰される者が出てきます。
これまで政府は、専門家の意見に従う形で、方向性を決めてきました。
右往左往し、後手に後手に。
しかし、この先は、政治が主導しなければいけない。
正義を振りかざす者、ひたすらパンドラの箱を開けようとする者が出てくる。
流されずに、本当に国の将来、国民の生活のための施政を実行できるのか。
日本の政治の真価が問われるときが来ている気がします。

コロナウイルス

先の見えぬ不安、得体の知れないウイルスに対する恐怖。
私も、これほど長引き、影響が大きくなるとは思っていませんでした。
国としての対応は、これまでも、現在も、間違ってはいないのか、検証はまだ先のことになるのでしょうが、いつかは方向転換をしなければならないのではないでしょうか。
感染者を懸命に押さえ込もうとしている状態ですが、果たして、終わりはあるのか。
このウイルスを根絶させることは可能なのでしょうか。
もしかして、感染者の増加を鈍化させることは、結局は収束を遅らせているだけではないのでしょうか。
やはり、国家が本気で行うプロパガンダは強力ですね。
もはや、外出や人との接近が犯罪であると感じている人も多い。
たとえ、一旦収束に向かったとしても、自粛を緩めればまた感染拡大が始まるかもしれない。
終わりの見えない消耗戦をいつまで続けるのか、局面は近づいているかもしれません。
抗ウイルス薬やワクチンがどこまで期待できるか、そこもはっきりしないし、情報が遅すぎる。

私がわからないことのひとつに、なぜ、これほどまでに国が主導しなければいけないのでしょうか。
もっと医療機関に責任を持たせることがなぜできないのか。
多額の国家予算がつぎ込まれている医療分野。
それに保護されている形の医療機関に、こんなときこそ、検査、診断、投薬という流れを判断、実行させていいのではないでしょうか。
アビガンが有効らしいというのは、私は2月の初め頃には話を聞いていた。
治験だ、安全性だ、と話しだけは飛び交っていますが、この薬は何年も前に、安全性が確認され、抗インフル薬として承認された薬ではなかったでしょうか。
医師の責任において、検査を行わせ、陽性者に投与させてなぜいけないのでしょう。
有名なコメディアンや、女優さんも、もしかしたら命を落とさずにすんだのかもしれない。
私は、専門家でもないし、こんな考えは間違っているのかもしれない。
でも、何か、おかしい、そんな気がしてなりません。

国が一元に管理したことで、追求が遅れ、被害を大きくしたという過去を日本はもっているではありませんか。
全国で頻発した公害問題。
調査を行政が主導した。
結果、何かよくわからない風土病としてうやむやにしようとした権力者の意思が膨大な数の被害者を出しました。
何かこのときの流れと似ている気がするのは私だけですか。
もしそうなら、何十年たっても、多大な犠牲の上得られた教訓も、役になっていないことになるのですが……。

とにかく、これから、国の舵取りは大きな局面を迎えるでしょう。
経済への打撃は壊滅的です。
国民の疲弊も大きい。
今後はいつ、どうやって回復させるかが焦点となっていくはず。
何のために、あれほどまでに耐えたのか、国民の不満は些細な引き金で爆発します。
抑圧された感情を抑え込むのではなく、昇華させなければ、病気の流行より恐ろしい危機を迎えるかもしれません。

新型コロナについて2

重要なのは、先を見通す力。
この混乱している時期に、不安をあおってる者、どうしたらいいかわからずパニックになっている者。
こういう人たちを出し抜くチャンスなんです。
政権は対応に追われ、身動きできなくなっています。
今後の野党の立ち回りが楽しみです。
今のところ、静観している感のある野党。
いいですよ、何か策があるのでしょうね。

景気後退は避けられない。
リーマンショック級、もしくはそれを超える不況が来る。
噂は広まってます。
いいんじゃないですか。
今回は原因がはっきりしています。
新型コロナが収まれば、景気もある程度は回復するはずなんです。
確かに飲食業、観光業、交通、風俗……
大きなダメージを受けています。
体力のない中小企業や個人事業主は耐えられないところも出てくるでしょう。
事業者でなくても、低所得者層は、雇い止めなどで職を失い生活できなくなるかもしれません。
これら社会的弱者をどれだけ救いあげられるか、重要になるような気がします。
スポンサー企業のついている自民党は動きが鈍いかもしれませんね。
だから、野党に期待するんです。
ただ、気をつけたいのは、口だけの者と実行力を示す者を用心深く区別したい。
わかりきったこと、人の受け売りのようなこと、をわめき立て、混乱を政権への攻撃材料にするだけの野党勢力があれば、今度こそ野党は終わりです。

私は、オリンピックの、延期や中止、いいと思いますよ。
大騒ぎになるでしょう。
大ダメージです。
もちろん、ただで転んではどうしようもない。
世間には、この新型コロナの混乱に乗じて利権を得ようと考えている勢力はたくさんあります。
果たして日本は、どれだけ災いを転じさせることができるでしょうか。
不謹慎ですが、私は楽しんでいる面もあるのです。
どうせ国民全体で痛みを共有しなければいけないのです。
願わくば、弱者を救い、強い舵取りを見せて、新たな展開を切り開いてほしい。
オリンピック開催国になった、この年に、こんな災難に見舞われて、というのも、そこまで悪いことじゃありません。
外交で、延期や中止によるダメージを帳消しにする代案を取り付ければいい。
世界に先んじ、モデルケースとなってほしい。

私はひとつは、この混乱のせいでよい方向に向かうのじゃないか、と思うことがあります。
長く人手不足、低賃金での重労働に我慢してきた、医療、介護、福祉の分野、保育、教育の分野が多少救われないかなと。
格差社会を広げるか、改善させるかの、いい契機になるでしょう。
企業も、業績の悪化は覚悟のはず。
改革を進めるチャンスでもあるはずです。
日本の政治の本質が問われるいい機会です。

新型コロナについて

世の中新型コロナで大騒ぎ。
私は、不謹慎かもしれないが、面白く見させてもらっています。
言い方が悪いかもしれないが、この程度のことで国家存亡の危機のごとく取りあげられ、それに右往左往する人々が興味深いのです。
感染症に対しては、過去、人類は幾度も危機にさらされてきました。
天然痘、ペスト、結核、……
いずれも人類は、その生命力、英知のおかげで、その脅威に打ち勝ってきたのです。
だから私たちは存在しているわけで。
今回も、程なくして落ち着くはずなんです。
ましてや、感染力も致死率も、そう恐れるほどではありません。
なんとかなるし、なるようになるのです。
ただ、感染拡大は防止しなければならない、自粛と経済活動低迷の板挟み、東京五輪を控えて重要な時期、難しい問題がややこしく絡み合うから面倒くさいことになっている。

安倍政権も危機に立たされ、必死です。
私は、現段階で何も感想はありません。
政府の対応に評価などあり得ない。
新型コロナ自体が不明な点が多いです。
暗中模索の中で、できることを精一杯やっているというのは伝わってきます。
あきれるのは、これに対してあれこれ言う人の多いこと。
連日テレビのワイドショーでは、コメンテーターも、タレントも、専門家も芸人も、みんな一緒くたに言いたい放題。
不確定要素の多い現象に対して、推測や可能性だけを頼りに、よくもこれほど好き勝手言えるものだなと感心してしまうのです。
私は昔から知っている。
責任を自覚し、ものことを深く考える人ほど寡黙にならざるを得ないのです。
言葉に出せば、人が動き、物が変わる。
しかし、これが飯の種であるテレビなどは、ある程度センセーショナルに面白おかしく、取り上げないといけないんでしょうね。

沈黙は金、雄弁は銀、という言葉もあります。
ここで偉そうなことを言っている私ですが、なるべくなら言うより行動で表すようにしたいものです。
ネットの普及で誰もが自由に発言、発信できる。
だからこそ、責任と熟考を自覚すべきだと思います。

しかし、目先を変えれば、この面倒になった日常も、有効な日々なのです。
今は、理性的な者と愚か者、賢者と馬鹿を見極めるいい機会ですよ。
老若男女、政治家もいろいろ、メディアに露出している人たちの言動を、その辺を考えて見ていると面白いです。

今は、何がいいのか悪いのか、わからない。
後になって、検証することで、今の政治の善し悪しもわかってくるでしょう。
このとき批判されるなら、それはそれで仕方ないでしょう。
私は、そのときも冷めた目で見たいなとは思っています。
ただ、そのとき必ず後出しじゃんけんをする輩がわらわらと現れるはずなのです。
これも、信用できない者を知るのによい機会です。



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