参議院選挙

参院選の準備が始まっている。
先生方も、国政は脇において、この時ばかりは地元に顔つなぎに熱心になる。
良いか悪いか、選挙前は短期的に目を引く政策が出てくるはずなので、少し期待したい。
しかし、選挙として、時期的にどうなのだろう。
与党としては、コロナ過で冷え込んだ分野を活性化させ、景気を回復させる、と思われる策を目玉にしたいだろう。
そして、国民生活を圧迫する物価の上昇を一時的にも緩和させたいところだろう。
綱渡りになるのかな、という気はする。
幸いコロナの感染者数は徐々に低下し、落ち着きを見せている。
しかし、人の動きを促進するサービス業、旅行業などへのテコ入れは、また一時的な感染者数の増加に結び付くかもしれない。
裏目に出れば、ほら見たことか、そう思っていたと、後出し発言が得意な人が現れる。
とにかく円安が進んでいる今、外国人観光客の受け入れ等で外貨を落としてもらう政策を打ち出したいところだが、リスクを伴う。
状況を見ながらの難しいアピールになるのかもしれない。
値上げが進んでいるのは、最も頭の痛い問題だろう。
選挙前に、国民に我慢を強いる発言もできない。
さらに、今後も値上げは加速すると推測される。
何らかの手を打ちたいが、良い手立てがないというのが正直なところでないだろうか。
野党としては、この状況を与党政治の責任にする戦略を取ってくるのだろうか。

私たちが判断すべきは、誰かの発言が、長期的に信用できるものなのか、それに尽きる。
選挙のためのこの場しのぎの甘言ではないか。
批判にたいしても、根拠のある代案が添えられているのか。
スキャンダルを正すのは重要だが、選挙に影響を与えるべきではないと思う。
ネガティブキャンペーンに惑わされないことは必要だろう。

とは言え、私自身もイマイチ立候補予定者の誰が良いのかと見えてこないのが現実なのだ。
同じような顔ぶれで、同じようなことを言い、耳障りはよいが、本当に信頼できるのか怪しい。
こういう時は、当選してほしくない人物を考えるのも、一つの手だと思っている。
個人でも政党でもいい。
この連中に議席を与えることは我慢がならない。
そういう人を見つけ、そういった人が当選できないように対抗候補に投票する。
これもひとつの選挙への参加方法だと思う。

私は論点をずらす人が嫌いだ。
便乗して混乱させる人が嫌いだ。
言いたいことは言ってよい、しかし、ある程度のテーマを絞って議論するべきなのだ。
景気対策には景気対策、安全保障には安全保障。
その議論の中で存在感を示すことができないから、場を壊して注目をさせようとする。
最近そういう政治家とも呼べないような自称政治家が目に付くのだ。
大した中身を持っておらず、そういう方法でしか注目を得ることができないから、そういう言動をとる無能者だと思っている。
私たちは、見極めを要求されているのである。

円安

円安が進んでいる。
この原稿を書いている時点で、127円となっている。
しかし、円安だから、どうだという話なのだ。
情報を流す側も受け取る側も面白いなと思う。
円安が進んでいるとメディアは伝えるが、その影響についての話はない。
そんなもの一般に大した影響はないとわかっているから伝えないし、視聴者も関係ないだろうと聞き流す。
ただ、円安という言葉だけが連日蓄積されていく。
補足程度に書くが、円高だと輸入にメリットがある。円安だと輸出にメリットがある。
急激な変動は、輸出入業種には死活問題となろうが、円安が加速しているからといって、大多数の日本人には大きな影響はないと思われる。
有事にはドルを買え、という言葉がある。
これを信じて、コロナ、ウクライナ問題を受けて、ドル買いをしていたトレーダーは喜んでいるかもしれない。
しかし、一気に反転するのが相場だ。
いつ何時、変化するかはわからないのだ。
実は円を買いに走るのが、正解なのかもしれないのだ。

円安のことを述べたいわけではないのである。
何を言いたいのかというと、とかく現代は言葉だけが独り歩きしがちだということ。
円安が進んでいる。
私たちはただ、この言葉だけよく聞いている。
コロナは怖い。
感染対策は大事。
ロシアは悪い。
インフレが進む。
景気は悪化する。
これらも同じように、言葉に過ぎないのだ。
だが、言葉は人の心に残り、溜まっていく。
状況は刻々と変化していくのに、自らの思考を放棄した脳には、これらが残り続け、自分が置き去りにされていることすら気が付かない。
とかく今の世の中は、情報操作しやすい社会だと思う。
そして、溢れる情報を処理しきれず、限られた情報にのみ、しがみつく人は先鋭化しやすい。
稚拙なプロパガンダにさえ簡単に誘導される人々は、時に世界を混乱させる。

私たちは、今、何よりも冷静になることが重要だと思う。
限られた情報に捕らわれることは、危険だということだ。
円安が進んでいるから、ドルを買う。
いや、だからこそ円を買うべき。
意見が分かれても正解は、後にならなければ分からない。
極端に向かえば危険をはらむということに気づかなければいけない。
相場での立ち回りの正解は、分散させて価格変動のリスクを減らすことだと言われる。
私たちの生活も、経営も、国の方向性も同じことなのだ。
憶測を述べる人を信用してはいけない。
専門家だから正しいとは限らない。
自分で考え、判断することは何より大事であり、判断が間違っていた時の準備を怠ってはならない。

変化に耐えられる備えがどれだけ大事かを再認識する最近なのである。

ロシアのウクライナ侵攻

ロシアのウクライナ侵攻は、まだ先が見えない。
ウクライナの将来如何にかかわらず、東西の断絶は広がっていくだろう。
これから、自由主義国のロシア包囲網はまだまだ強まるはず。
経済制裁は加速する。
報復制裁の打ち合いにより、消耗戦となるのは避けられないのだろう。
しかし、引き下がれないところまで来てしまっている。

社会主義社会というのは、我々が属していないからなのか、理解できない部分が多いなとつくづく思う。
プーチンという人は、KGBの出身者だ。
開かれた世界にいる、友好的な面を持っている、そんな気もしていたが、やはり出身通りの人物だったようだ。
社会主義が他に劣ってはならない、他に妨げられてはならない、そんな思想に支配されているのか。
私は社会主義が悪いとは思っていない。
平等な分配、分割は魅力的だ。
しかし、理想的な社会主義思想は現代では、絶えて久しいと言ってよいのではないだろうか。
このロシアに長く君臨する指導者の考え、行動は、到底理解することも認めることはできない。
ウクライナ問題への対応は、好戦的であってはならない、しかし、譲歩するべきではない。

ロシアの行為は、絶対に前例としてはいけないだろう。
ロシアは、約束を反故にしている。
ウクライナはソビエト崩壊時、世界第三位の核保有国だったのだ。
それを脅威と捉えた大国たちは、ウクライナに核廃棄を迫った歴史がある。
米英露はウクライナの核廃棄を条件に、国境の不可侵を約束しているのだ。
確かにこれは、圧力による一方的なものだったと思う。
ウクライナはこの要求をのまなければ、制裁により経済的な打撃を受けることは必至だった。
だから従った。
このとき交わした議定書は確かに、法的拘束力などないものである。
しかし、だからといって、こう簡単に破ってよいはずがない。

プーチンは核使用の可能性をちらつかせ続けている。
このロシアの侵攻が成功し、ウクライナのロシア化が成功、正当化されたなら我々非核国は何をよりどころにすればよいのかである。
軍事による侵略が可能であるなら、核による脅威が国を亡ぼす実例となるなら、これほど恐ろしいことはない。
北朝鮮が、核の脅威をもって実力行使によって私たちの国益、国民の権利を脅かすならどう対処するのか。
ミサイルを打ち落とす技術は万全とは言いがたいのだ。

今後、物・金の流通断絶は私たちの生活も経済的な圧迫をもたらすかもしれない。
しかし、それに伴いロシア国内には失業者が増え、政治への不満は高まるはずである。
日本政府には、強い外交と、国内経済へのケアを強く望むところである。